●バス写真館(新潟交通編)パート3 |
(2002年10月12日初掲載 2013年4月18日画像及び記事更新)
昭和50年代後半、北陸自動車道が一部開通し、新潟〜長岡間に高速バスが開業した直後のことだと思います。
新潟に2階建てのロンドンバスがやってくるというので古町で待ち構えていました。
これらの写真はその待ち時間に撮影したもので、当時は新潟は古いバスばかりだなあという印象でした。
ナンバーも「新2」「新22」「新潟22」が混在し、車体表記にも様々なバリエーションがありました。
Hゴム支持のいわゆる「バス窓」も懐かしいですね。
現在NEXT21が建っている場所には旧新潟市役所が建っています。
車体表記を記入しましたが読み間違い等あるかも知れませんのでご了承下さい。
また平仮名部分は判読不可能なために省略致しました。
(2013年4月18日追記)
今回はEPSONのPM-T960という複合機を使って、ネガフィルムから2400dpiでスキャンをしてみました。
ただしコマによって劣化の具合がまちまちで、同じコマの中でも部分的に変色しているものもありました。
そのため画像によって色合いやコントラストが異なったり、お見苦しい点が多々ありますがお許し下さい。
また今回試験的に画像を16:9の比率にしてみましたので、まあ、いないとは思いますが、
壁紙に使いたいという方がいらっしゃいましたらご自由にご使用下さい。
ただし転載厳禁にてお願い致します。
1980年(昭和55年)新潟市柾谷小路(西堀交差点)にて。
日付は・・・7月中旬だと思うのですが、正確なところは忘れました。
969-M 新22 ・969 市内線「7」川岸町行き
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この当時は新潟市内の信号機も横型が多かったと記憶しています。
画面右側に自転車に乗った高校生の姿が写っていますが、車道を走るのが当たり前の時代でした。
内6718 新2 67-18 古町行き
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三菱銀行という名称も今はもう存在しないのですね。
内6753 新2 67-53 新潟バスセンター前行き
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内6759 新2 67-59 西小針経由新潟大学前行き
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内6760 新2 67-60 西小針経由内野行き
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駅の待合室のテレビは必ずと言って良いほどNSTが映っていましたね。
570-M 新22 ・570 稲葉・亀田行き
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市役所の外壁にある表示板には「新潟市の大気環境状況」と書いてあります。
当時はまだ環境汚染の影響が残っていたのかも知れませんね。
とは言っても今の中国ほどではありませんでしたが。
G19-I 新潟22 ・・19 古町行き
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G55-N 新潟22 ・・55 市内線「11」新潟駅行き
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ごく普通の女子高生とスバル360だか何かのコラボレーション、懐かしいですね。
G47-M 新潟22 ・・47内野行き 長尺ですねえ!
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中ジョッキ140円、大ジョッキ260円、このあたりは時代を感じざるを得ませんね。
背面から
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注目していただきたいのは右上の標識です。
40キロ制限の下の補助標識に「市内全域(これと異なる表示区間を除く)」とあります。
当時の新潟市内は「標識のないところは40キロ制限」になっていました。
そのためバイパスの新潟市内の区間では60(高速車)、50(中速車)という表示がありました。
内G169-M 新潟22 ・169 西小針経由新潟大学前行き
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新潟22 ・・37 長岡行き高速バス
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今のバスと比べると格好悪いというか、ダサいデザインに見えますけど、当時は最新鋭だったのでしょうね。
これを待っていたんです。
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たぶん日本各地で走ったんでしょうね。仮ナンバーには新潟の文字が読み取れるのですが、
行く先々で陸運局ごとに申請をして仮ナンバーをもらったのかも知れませんね。
2002年初掲載(2013年4月18日画像更新)安良町経由村上行き
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